原子力エネルギーについて討論する場を設けてくれるとは、NHKもよいことをしてくれる。私は情報を与えてもらった部外者という立場にあります。科学と技術には常に関心を持ち、大学でも科学分野でのトレーニングを受けました。1970年代、少年の頃、原子炉がどのようなはたらきをするのかを図書館で知って、「よし。これがあれば公害を引き起こすことなく必要なエネルギーはすべて得ることができるのだ。問題がひとつ解決した」と思ったものでした。
好ましい点のひとつは、この新しいエネルギーがかなり安価であるということでしょう。ウラン1Kgは最も原始的な方法で燃やされた場合でも、石油80バレルと同量の熱を発するのです。これを書いている時点で、原油80バレルがUS$1,260、ウラン1KgはUS$24、50分の1なのです。価格は時と共に変わりますが、歩調を揃えて変わる傾向にありますから、原子力発電に必要とされる原料の価格は、常に石油による発電の50分の1ということです。ここから単純な教訓を引き出せます。1ドル分の化石燃料が原子力に取って代わられると、ある金持ちはほぼ1ドルを失うという計算になります。その金持ちがウランまでも所有していようと問題ではない、とにかく1ドルを失うのです!98セント失うことは1ドル失ったと感じるのと全く違いがありません。
昨年、世界中の石炭、原油、天然ガス鉱山の所有者は、原子力エネルギーのために総計約1千億ドル、約2兆円の減収となりました。今年はさらに減ることになるでしょう。10兆円の減収も時間の問題だと思います。
減収を経験する人達がいる一方で、それ以外のすべての人達は得るものがあると思います。原子力発電所が稼働することにより、空気はきれいになり、子供たちは健康になります。1970年に大阪の地下街で天然ガスが爆発し、何百人もの人が地下に埋まりました。今年2月27日、エクアドルでは石油パイプラインが爆発して、家の中にいる人の命を奪いました。このようなことは原子力エネルギーでは起こりません。
ですから、みんなのためになるこの進歩を、数人の金持ちがとどめることはできないし、さらに言えば、とどめるべきではないのです。この進歩は、彼らのためにもなるのです。彼らも家に住み、それは大阪かもしれませんね。私たちと同じ空気を吸っています。政府は金持ちにかまわず、とにかく原子力発電所を建設するべきなのです。
そうでしょう?彼らが2兆円の損をすると私、言いましたっけ?1千億ドルでしたっけ?税金のことをすっかり忘れていました。石油と天然ガスは課税されていますから、原子力エネルギーのおかげで、世界中の政府にとっては、炭化水素供給者が実際に失ったものに加えて、少なくともあと1千億ドルの減収になりました。精神科医が家庭問題を扱うとき、「記録上の患者」という言葉を使うことがあります。本当の精神病患者は病院に連れてこられたその人ではない、あるいは、その人だけではないという意味です。政府が石油の消費者からと同様、石油会社からも金を取り立てている場合に、これと同じような状況が見られると思います。民間石油供給会社は「記録上の石油会社」です。彼らの背後に隠れているのが政府であり、石油とガスから多額の金を儲けている、つまり、ある種例外的に特権を与えられた巨大な石油会社のようなものです。
原子力エネルギーを無効にするために、まことしやかに合理的な説明をして、さらにそれが世間に公表されるうな公開討論の場を、政府が喜んで設けるのはこういうわけなのです。公開され、丁重に論じられる。私が考えるに、このことに対して敬意を払う必要はありません。反核運動はロビー活動であり、石油会社とそれに依存する者の短期的な金銭上の利益として役立つにすぎません。政府は安全性について話しはしますが、誤った方向付けによって、政府の利益のために私たちが被ることになる被害、あるいは被害の危険性に耐え続けることを私たちに納得させることこそが、その真の意図なのです。韓国のタエグーで天然ガスの爆発のために子供たちが死亡するという事故がありましたが、それは一例です。
石油会社に依存する者というのは株主に限らず、政府からもらう小切手の世話になっているすべての人を含みます。(炭化水素の課税率がかなり低い米国はその限りではない。これは、今のところ米国が世界最大の原子力産業を有するからであろう。)
特に放射性廃棄物の重大性は、一部の人にもっともらしく聞こえるのもわかります。その人たちに私は次のような仮説の質問を投げかけたいと思います。あなたが放射性廃棄物は全く問題にはならいと知っていたとしても、またそう声高に主張したとしても、財政上の問題についてはどう考えているのですか、と。
もちろん、ささいな金銭上の問題など、このような重大問題に関するあなたの認識に影響を与えるはずもありませんが、マスコミには確実に影響を及ぼします。しかし、あなたは何を信じるべきか、何を信じないべきかわかっていることでしょう。原子力エネルギーに反対しながら政府からの小切手を受け取れば、どういうことになると思いますか。さらに、原子力エネルギーがその小切手の税収基盤を揺るがすことになるとしたら、あなたはその小切手を現金化して過ごす生活などしない方がよいのではないでしょうか。
ここまでの私の意見を要約してみましょう。原子力エネルギーは、ネズミを捕まえる1ドルのねずみ捕りです。私たちはネズミではなく子供たちの半数を捕える50ドルのねずみ捕りという世界に生きているのです。しかし、その50ドルは何億倍にも増えて、政界・産業界の人間の食卓上にパンをもたらすこととなるのです。これが、いわゆる原子力論争の基盤となっているものです。
これは、金と主義の間の議論であり、多くの人はどちら側に金があるのか分からず混乱しています。そのために、自分自身が賄賂を受け取ることになるかもしれないということまで想像できなくなっているのです。しかしながら、議論の余地の無い事実、最も根本的な事実、つまりウランは原油の50分の1という安さであることを知っていれば、混乱する必要がなくなるのです。
最後にもう一点。原子力エネルギーはおおいに必要だと思うのですが、たとえそれが必要でなかったとしても、またたとえ何十億トンもの原油があらゆる村落の下に眠っていたとしても、子供の健康と安全のためには原子力エネルギーの方がよいのです。必要性の点から問題を設定すると、正反対のことを行う意図がはたらいているかのように思われます。
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