「おはよう、章弘君」
「こんにちは、先輩。久しぶりですね」
「『俺の屍を越えてゆけ』、たいへん楽しませてもらった。この夏の数週間は起きて俺屍寝ず俺屍だったよ」
「クリアしましたか」
「した。どっぷりモード、1030年4月、13世代37人。内26人が薙刀士だ」
「薙刀マニアか。家系図とか書きました?」
「書いた書いた。僕は血統をほらさ、直系主義というか、交神相手の質を偏らせて、つまりこういうやつなんだけれど…… 各キャラクターの戦闘能力を点数で表すとする。5点とか、2点とかね。で、神様の素質も同じ点数で7点とか1点とか書く。そうすると、1点の個体と5点の神様が交神すると3点の個体が生まれる」
「はいはい。1点の神様ってのは、つまり奉納点が一番安い10円シリーズの神様のことですね」
「そういうこと。この図では、その神様の素質がそのまんま値段だとして、同じ数字で表す。素質が5点の神様は5点で買えるってわけ。それで、直系主義というやり方についてだが……」
「ある一世代のうちで、最も点数の高い個体だけに子供を作らせるのね。僕もそうしてました」
「平等に1個体1子供で並列に血統を作っていった場合と比べて、手に入る戦勝点が同じ8点、10点、12点、14点だとしても、個体の実力に差がついてゆく。実際にはその実力差によって、各世代で手に入る戦勝点にさらに差がつくわけだ」
「並列主義のために、一子相伝の奥義があるんだと思うんですけれど、あれって失われても結構簡単に復活しちゃいますからね。子の能力値は基本的に親のそれを上回ることになるわけだし……奥義の修得を能力値に依存させないで、ボスを倒す度に低い確率で判定させる、とかにする手もあったんじゃないですかね」
「我家の直系は 東風吹姫(奉納点3087)-木曽ノ春菜(1972)-おぼろ幻八(7759)-火車丸(14026)- と順調に継がれていたんだけれどさ、その時その世代では、この火車丸の子が二つ扇ノ前(839)、みどろ御前(698)と子を成し、最終的には万珠院紅子(29383)を狙っていた」
「安安安高の順の産み分けの、最初の安安ね。次にもうひとり安いの、葦切四夜子(828)あたりを挟みつつ奉納点を貯めて、1歳半で万珠院へ求婚、てな予定だったと。しかし14000点の次が29000点とは望みが高いな」
「おかっぱだし、あと僕、黒服の女の人って好きなんだ……ってそうじゃなくて、それもあるけれど、今回は遺伝情報の下6つに着目してみたのよさ。技の風土と、体の火水風土。攻略本の神様リストを眺めて、この6項目を100割り切捨てで合計して並べてみると、奉納点25000-40000クラスでは万珠院が76で最強だ」
「まあそういうことにしましょう。で?」
「その火車丸の子が、うっかり石猿田衛門に挑んで死んでしまって……すると次世代の親をつとめるのはつまり、二つ扇ノ前の子ということになってしまうんだよ! 安い! ああ、俺が重ねてきた高額血統が! 直系の血が絶えてしまった〜!」
「ははあ、ご愁傷様で。ノーリセットプレイだったんですね」
「わかるかね、俺のその悲しみが。雑魚天狗をバックアタックで薙ぎ倒しての慢心を、どれだけ悔いたことか。驕り功を急いだその一戦は、短命の呪いからの解放を一世代遅らせた。50年4人、200人年分の人生だ。俺は当主の責任を軽んじていたのだ」
「まあそう思いつめずに」
「この事件でもって、僕は直系という概念が強烈に理解できた。『良い血』がある、有意に有利な遺伝子を持つ個体が判別できると仮定し、その有利さに対して劣性遺伝の効果を弱く見積もれば、そしてまさにこのゲームがそうしているのだが、直系という戦略が、概念が導かれる。昔の人たちはこういうことを考えて、この子をあんな家柄の嫁にやるわけにはいかないとか、跡取り息子が賎民の娘に引っかかってしまったとか言っていたわけだ。だから万世一系てのの偉さがやっとわかったよ。そういうトラブルを一回も踏まず全て回避して、高い子供を繋ぎつづけてきたわけだ、天皇家は。凄え。128代をも重ねれば、4ヵ月目、第2出撃とかでもうラスボス倒せるんじゃない? 僕もご多分に漏れず戦後平等教育をみっちりと叩き込まれたクチで、そのうえ両親が日本共産党員としてことにつけて反天皇制思想を植えつけてくれて、生物学もいくらかかじっているものだから、『万世一系? 遡って40億年前の自己複製子までを辿れん奴などおらんわい、あんまり近親婚すると劣性遺伝が出てうまくないぜ』などと思っていたのだが、いや、天皇って偉かったんだなあ、ねえ」
「ねえ、って……」
「それからはもう僕は変わったね。直系の子は下にも置かず、各時点最良の防具を着せ、回復も優先した。傍系の子に飲ませる体土薬などあるものか」
「悲しかったんやねえ。いいんよ。泣いていいんよ。うちの胸でお泣き」
「あきさん! 誰だよ」
「占い師かなんかだと思うんですが……そういう悲劇の起きるゲームですよね」
「この『断絶のクリスマス』事件のほかにもう一つあってさ。1029年末。我家は髪を打倒し地獄巡りに至り、そこでの収穫の豊かさに驚いていたのであった」
「脱衣婆+祝いの鈴 の12000点と、時登りの笛ラッシュね。笛を2本使ってる間に11本取れた月があって驚いたものです」
「単に婆と大百足を倒した地獄巡り1回目で、戦勝点収入は12776。鈴と笛2本を使った2回目では44057点もの収入があった。すでに大江ノ捨丸で50000点を叩き出してもおり、奉納点は120000の大台に乗った。僕の心の中では勝利宣言が発布された。次世代4人をすべて昼子・夕子クラスのAランク親神から編成し、これをもって朱点を討つ。交神、訓練、育成、決戦の計画が立った。詰め将棋だ。だがことばは沈黙に、光は闇に、ピンチはチャンスの中にこそあるものなれ。新人の訓練をはじめた矢先に、0歳11ヵ月の当主、昼子の子で当該時代のエースを、手拍子ミスで死なせてしまったのだ」
「どこで」
「地獄の脱衣婆だ。く、あそこで一呼吸落着いて大甘露を使っておれば……後に残されたのは3ヵ月の昼子の子、1ヵ月の夕子の子、0ヶ月の夕子の子だ。どういうことかわかるか」
「素質はAランクかもしれませんが、そんな若いのばかりじゃあ地獄巡りには行けませんね」
「地獄巡りどころか! 歓喜の舞をどうにか倒して祝いの鈴を探し回るのが関の山よ。以後9ヵ月の収入は院2318、院2650、水道6664、水道7736、交神-、祠6302、院2997、院4552、鳥居10306。どうだ、このおちぶれっぷりは」
「手持ちに10万点とか抱えていながら、祠に行って6000点ですか。屈辱ですな」
「父さん、父さん、幼い僕等を残してなぜ死んでしまったの? 父さんさえいればとっくに地獄で2万も4万も稼いでいられるはずなのに……まさにみなしごだよ、孤児だよ。夜空に顔が浮かんだね」
「で、どうなりました」
「10ヵ月目にしてついに地獄巡りに舞い戻って、1030年2月、収入29133点。『地獄の空気はうまいぜ』。3月に52760点稼いで、4月に決着がついたよ」
「なるほど。毎月の奉納点収支を記録してるわけね」
「記録と計画とがあると、そこからの逸脱が楽しめる。この『大甘露の屈辱』事件は、月単位での朱点打倒計画が立った直後に起きただけに、それが顕著だった。美しいものはその崩壊するさまも美しい。計画は細かく明確にイメージされているほど、その線からの転落が実感できる。記録はそのイメージを豊かにする」
「時間が月単位で区切られているから、記録も計画もしやすいですよね。時間単位については桔梗屋さんというところに面白い
一文がありました。読みない」
「ふむ。コンピュータゲームはwhile()、繰り返し処理が得意だ。で、俺屍には繰り返す時間単位ってのがいくつも何重にもある。
開始から朱点打倒までの一族史
家族4人の入れ替わる1世代
1年半の寿命
2ヵ月の訓練期間
6ヵ月の成長期
6ヵ月の青年期
6ヵ月の中年期
2ヵ月の老年期
1年
4つの季節
12の月
8つの炎
朱点童子打倒2回
打倒回数が解放条件の神のn回打倒
1迷宮の制覇
7本の髪の打倒(後半戦)
1回の討伐
中ボスと大ボス(と髪)
迷宮内各マップ切り替え
雑魚戦
プレイヤーはそれぞれの時間単位ごとに、その時間単位でのテーマ、目標を決める。今月は寝太郎の巻物を取る、とか、この世代で選抜試合を優勝する、とか、この戦闘は敵を全滅させて戦勝点3倍を稼ぐ、とかだ。目標が立ってこそ その達成にカタルシスがあるというもの」
「今リンダキューブアゲインをやっているんですが、あのゲームの季節って、経過がよくわからないんですよ。そこを解決したのが、俺屍の8つの炎ですよね。俺屍って、リンダキューブからの発展と洗練がそこかしこに見えますね」
「リンダキューブは8年経ったら終わりだからさ、有限の時間資源を様々な要素に変換していくゲームだとも言える。限られた時間をどう管理運営していくかが楽しい。一方俺屍の強制終了は50年経つか一族総数が256人になるかした時だ。そんなこと実際にはないじゃない。実質上俺屍は、時間資源の無限にある、ドラゴンクエストみたいなゲームなのよ。なのに俺屍は、時間を管理運営するゲームなんだよね、しかもリンダキューブよりもずっと」
「それはなぜかと言えば、俺屍の時間資源が全体では無尽にあるとしても、その全体は有限な時間単位から構成されているためでは。寿命、年、月、炎いずれも有限で、ほとんど延びたり縮んだりしない、かなり正確な量単位です」
「有限時間管理ゲームが何重かの入れ子にされていて、それが無限時間の中に入っている。たとえるなら海に浮かぶひとすじのマトリョーシカ人形。だから<傍点>かつかつ</傍点>の時間運営パズルが楽しめつつ、プレイヤーが時間を投下しさえすれば決して行き詰まらないゲームになっている。素敵だ」
「ということは、入ってくる資源が時間でなくても、明確な一定量であれば、行き詰まらずかつかつかつなゲームがつくれるということでしょうか」
「時間以外の、いろいろに変換できる資源って何だ?」
「トルネコの大冒険や風来のシレンでの食料……は、結局時間か」
「なるほど、そういう見方はあるな。rogue like gameにおいて食料をPrima Materia、変換の第一の資源と考える。ローグでは迷宮内で手に入れたアイテムは持ち帰れない。迷宮探索の一回一回が相互に関係なく、独立している。しかしトルネコでは強化した武器防具が持ち帰れることによって各探索は連結され、プレイヤーの投下した時間はアイテムのパラメーターとして蓄積される。ローグライクゲームの系列で持ち帰りが導入されたのはどこからだろうな」
「あ、俺屍の時登りの笛って、トルネコの食料なのか。笛が地獄巡りでやたら手に入るのには、そこがらみで何か理屈がつくのかな。地獄は最後の迷宮で、それ以上先の迷宮はない」
「はあ?」
「……」
「おい」
「……」
「章弘君、なんだか考え込んじゃったわね。こういうときの彼は両眼の視線が無限遠で交わっちゃってて、何を話しかけてもこっちのフレーズの最後の言葉を主語にしたおざなりな文章しか返答しないの。あらでも宇宙は閉じてるらしいからどこかに焦点は合ってるのかもしれないわ。もしかしたらそれはあなたかも。ふふ、お姉さんちょっと怖いこと言っちゃったかしら? それじゃあみんな、またね」
「もし序中盤から普通に笛が手に入れば、攻略はかなり笛狙いに偏るだろうが……」
「We'll meet again, don't know where...」