ギャルゲーにおける「シュート」と「ワーク」

小柳津 拓也

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緒言

ギャルゲーは古くから体系づけられたRPGやSLGのような(ある程度)明確な区分は持たない.二次元萌え萌え娘っ娘の可愛らしさ,萌え萌えしさを鑑賞しのたうちまわることができる全てを指す.そのため,ギャルゲーの本質を捉えることは難しい.そこで本稿ではこのギャルゲーの本質を捉える足掛かりとして「プロレス」をメタファとして用いる.そしてギャルゲー,またはそれに準じたメディアの構造を分析する.

1. 前提知識

議論に入る前に,最低限必要であると思われるプロレス業界の隠語を列挙する.

アングル (Angle: 角度,観点)
仕掛け.「やらせの構造」の総称.
ベビーフェース (Babyface: 童顔)
善玉やヒーロー.ファンの声援を受ける側.
バンプ (Bump: 衝突する)
受け身.プロレスはバンプとセル(後述)によって構成される.
ギミック (Gimick: からくり,手口)
ファンの興味を引くためにわざと作られた個性.「とんでもなさ」の総称.
ヒール (Heel: かかと)
嫌われ者や悪役.ブーイングを受ける立場.
ジョブ (Job: 仕事,作られたもの)
引き立て役.予定通りの奉仕的な敗北.
セル (Sell: 売る)
攻撃を受ける動作.あるいはやられる場面.痛がる顔の表情に至るまでがセルの構成要素.
シュート (Shoot: 狙撃する)
真剣勝負の隠語,プロレス業界のセメント.ワークの試合と見せかけて仕掛けるといったニュアンスが強い.
ワーク (Work: お仕事)
あらかじめ決められた結末のある試合.

2. 萌え萌え話の構造分析

プロレスのリングの上では原則的に一対一の戦いが繰り広げられる.そしてそれだけではなくリング上の二人と観客との戦いが存在する.ショービジネスである以上,どれだけ激しい戦いが繰り広げられようとも観客に受けなければ意味がない.そして観客の多くはベビーフェースに感情移入する.ジョバーによって引き立てられたベビーフェースの強さに観客は金を払うのである.

萌え萌え話はこれに酷似している.主人公とヒロインの恋愛模様をユーザが鑑賞する.そして多くのユーザ(男性)は主人公に自分を投影し,素晴らしきヒロインとの心地よい妄想空間を楽しむからだ.

2.1. セルとバンプ

萌え萌え話はヒロインの萌え可愛らしさを如何にして魅せるかに帰結する.この萌え可愛らしさを分かりやすく伝えるのがプロレスの世界で行われている「セル」と「バンプ」である.ここで言う「セル」とはヒロインの萌え可愛らしさに関する描写の全てを指し,「バンプ」とはヒロインの愛情表現に対する主人公のリアクションを指す.

セルの例を一つ挙げるとすれば,漫画で多く見られる内語表現がある.単純にヒロインとの出会いの場面を描くのではなく,内語を発する主人公を通してヒロインのチャームポイントを読者に伝える.

「どこか憂いを秘めた瞳だ.」
「ネコミミにメイド服が似合いそうだ.」

という具合である.そしてバンプは萌え萌え話が好んで使用する技法である.パンチラに鼻血,風呂場で背中を流しに来たところでのぼせるといった古典芸能の多くはこれに当たる.

通常の萌え萌え話はこのセルとバンプによって構成される.だが,中には『シスタープリンセス』(キャラクターズノベル)のようにほとんどセルのみで構成されるものも存在する.12人の妹の萌え可愛らしさを描いたキャラクターズノベルは,妹の一人称による兄への殺萌的なメッセージが延々と綴られている.そこには萌えの発信元である妹と,物語にもほとんど登場しな受信先である兄しか存在しない.妹はお兄ちゃんが大好きであり,妹が12人いるといった理由など一切描写されない.そこには萌えだけが存在し,その他の一切の要素を排した極めて特殊な作品が『シスタープリンセス』なのである.

2.2. 透明決着と不透明決着

萌え萌え話は基本的に二人が結ばれるところで物語が終了する.主人公あるいはヒロインが成長を遂げるというように変化を描く作品では,どこかでその変化を終らせなければならない.なぜなら,要求される変化はいずれ作者の創造力を超越してしまうからだ.(ギャルゲーとは関係ないが,こうした事例としては『ドラゴンボール』が最も適している.主人公の強さは神を越え,神よりも強い界王を越え,さらに界王よりも強い大界王を越え,さらにさらに大界王よりも強い界王神を越え…という後世まで語り継がれる大インフレを引き起こしたからだ.)

だが,こうした風潮から外れた革新的な作品が現れる.漫画の世界では『ふたりエッチ』がそれにあたる.この作品では主人公とヒロインは最初から結ばれており,物語のなかではひたすらに夜の夫婦生活が描写されている.この『ドラえもん』や『サザエさん』のような時の止まった世界が萌え萌え話の中に取り込まれたのだ.ゲームの世界ではやはり『シスタープリンセス』がそれにあたる.兄と妹という前提が決して結ばれることのない,つまり終りの無い世界を保証している.(ゲーム上では「血縁度」システムによって実は血のつながらない兄妹だったという終りが存在する.だが,それは選択肢の一つでありユーザは終りの無い世界である血縁エンディングも選択可能である.)

2.3. ワークとシュート

成人向けメディアでないギャルゲー及びその他の萌えメディアでは,原則として性行為の描写は不可能である.そのため,いくらヒロインがあられもない萌え攻撃を仕掛けたところで,ユーザはその先が無いことを知っているのだ.『ラブひな』の怒涛の寸止め露出ラッシュも,はじめから当てるつもりがないと知ってしまえばその威力は半減どころではない.だが,プロレスが裏切りのスポーツであるように萌えメディアも「あわや」と思わせる場面を用意して観客に期待を持たせる場面が存在する.それがここで言う「シュート」である.

シュートには二種類の役割が存在する.一つは前述のぬるま湯状態へのスパイスとしての役割.もう一つは同人的な並行世界への分岐点である.メディアの倫理規制があるため,そう簡単にシュートが受けられる訳はないのだが,それでも(主に)後者の役割としては十分機能する.

結局のところシュートも受けられることは無いのではないかという疑問に対しては「ノー」が答えとなる.ギャルゲーで丁度良い例がないのが残念だが,漫画の世界では『じゃじゃ馬グルーミンUP』が実際の真剣勝負が行われてしまった作品として有名である.

2.4. 地下プロレスにおける攻守の逆転

陽の当たる世界においてはシュートが仕掛けられた場合,それが受けられることは滅多にない.だが,一度地下に潜ればその原則は覆る.ジョバーとしてヒロインを引き立ててきた主人公達が血のションベン出して覚えた技を遠慮無く繰り出すのである.これが年二回の有明に代表される地下プロレスの世界である.

そこにはセルもバンプも存在しない.あるのは肉と肉のぶつかり合い.

「殺人さえも許容の範囲」
「目の前の肉体を好きにしてもいい」

という世界である.そこはへたれの代表とまで言われた「けーたろー」がひなた荘の全員を同時に相手にしうる世界なのである.あるいはお兄ちゃんが妹12人掛けを軽く成し遂げ,亞里亞のじいやさん(メイド)すらも足腰立たなくしてしまうかもしれない.

3. ギャルゲーにおけるシュート

話をギャルゲーに特化するならば,そこでのシュートは極めて希である.恋愛シミュレーションを主とするコンシューマーのギャルゲーでは,純粋な恋愛過程のなかでヒロインの萌え可愛らしさを描写する.そもそも家庭用ゲーム機の厳しい倫理規定を潜り抜けてシュートを成立させようという方に無理がある.『ドラゴンクエスト』の「ゆうべはおたのしみでしたね」のような言葉による暗な描写が精一杯の抵抗であり,一時期のセガサターン上でのX指定ソフトに多く見られた「ブラックアウトに音声」が限界ギリギリの表現なのである.

ではギャルゲーとは言えなくなるかもしれないが,パソコンの美少女ゲームはどうだろうか.こちらは18禁の金看板を背負っているだけに,完全な真剣勝負が繰り広げられている.だが,一時期の調教モノブームは去った.今は感動的なシナリオを前面に押し出した「泣きゲー」や,ゲームとしてある程度遊べるものRPGやSLGが台頭している.もはや「美少女」ゲームではなく,美少女「ゲーム」となりつつあるのが昨今の美少女ゲームなのである.

4. 終言

結論からいえば,ギャルゲーとプロレスの相似性はプロレスの高度に完成されたエンターテイメント性にある.闘いをショーとして成立させるだけのノウハウの蓄積がそこにはあるのだ.ギャルゲーも我々へたれなヲタを悶えさせる萌エンターテイメントなのである.そこに類似性があるのは当然であろう.

これからのギャルゲーにおいて,いつヒロインからシュートが仕掛けられるかは誰にもわからない.だが,その可能性はゼロではないのだ.パソゲーからの移植におけるシーンカット忘れから来る回収など,我々が祭りを行うことができる可能性は必ずある.誰も期待していないグラップラー刃牙のラブコメモードのような,信じられない程の奇跡を願い本文の結びとする.

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