タイタン/ガハハタイタンの襲来

TITAN日本最強決定戦実行委員会事務局
準備連絡などに用いられたSLG共用掲示板
同志Hanimalさんによる滋賀合宿2001レポート
以前書いたマルチゲーム論トップが不利になること
蒼き臥竜氏による大会結果への講評
上記講評に対して伊藤悠の書いた日記

 2001年9月22-24日、タイタン日本最強戦が開かれた。東西のゲームサークルから音に聞こえる強豪が集まり雌雄を決する──この大会にゆきてもどりし感想を述べる。結論を先に言うと、

タイタンもやはりマルチだった

ということになる。マルチプレイヤーズゲームをマルチと書くと、単語検索で引っかかって来てくれる人が多そうだな。閑話休題。では、はじまるはじまる。
 Hanimalさんの車に乗り西へ3時間、天気は上々だったが、滋賀の当該宿舎で参加者は非常に寒く暖房機器のない大部屋、おそらく宴会場、をあてがわれ、皆凍え震えた。しかし飯はうまかった。朝は献立を自分でよそうので、食べたくないのに戒律上食べねばならぬもの*1を食べなくていいし、味噌汁が白味噌だ。夜は刺身だ肉だ海老フライだとおかずが多く、どれも温かい。
 参加人数は19人(内訳)。浜松bynからわれわれ2人、水戸コンから6人、京都SOLGERから3人、名古屋TSS2人、ほか6人。タイタン大会には参加しないで違うゲームをしていた人が10人とかだから、合宿全体では30〜40人ほどいたのかな。
 1卓4人で、塔への割り振りは「均等になるように」行われた。つまり長方形で、1対3とかの形にはならない。3人卓では120度で分かれるわけだ。これは蒼き臥竜氏による私たちの所では4人プレイで1対3に分かれる配置になった場合、ほぼ確実に1になった人が勝ちます。PRRさんが1回で終わるかも知れない勝負をしに来たくないのと同様、私も初期配置のサイの目をみるためだけにわざわざ来たくはありません。との配慮によるものだ。
 結果、水戸コンからの2人と無所属2人とが決勝卓に進み、最後に残った水戸コン2人のタイタンが相討ちとなって引き分けである。
 僕は初日夜、2日目朝と予選を戦い、いずれも敗れ、以後観戦に回った。3日目朝の表彰式後はオープン戦をやった。

 さてこうして大会を終え、心に最も深く刻みつけられたものといえば、水戸コンの人々のガハハっぷりである。
 年間300タイタンを遊ぶという水戸コンのベテラン面子から僕が最初に教示されたのが、

1人目1投目(と振り直し)の1は悪い出目

ということだ。いわく、初手1でライオンとトロルを取るような都合の良い動きをするやつには、後手順のプレイヤーが6を出して塔テレポートし、その塔に飛び込んでやらねばならぬ。したがって先手順で1を出したプレイヤーは1スタックを塔に残さざるを得ず、よって悪い出目である。
「し、しかし僕も2人タイタンを研究していた際、塔に飛込んでウォーロックを取る形を試してみましたが、飛込まれた側が次手で塔を攻め決戦を挑み、エンジェルを呼べば、引き分けかぎりぎりで攻撃側有利でした。飛込みは2人タイタンで不利なのですから、n人タイタンではもっと無理では?」
「ふつーに考えればそうです。いやまったく。ですが死んだら負けたらそら次のタイタンだ、と卓が立つ場所ではそうではないのです。1週間に1回立つタイタンでは、開始30秒でアウトな動きはしないでしょう、スタックを大切に動いて育てて2時間3時間は遊ぶでしょう。が、毎日毎日4タイタンとか遊べると、こーなっちゃうんです。がはは」
 そして彼らはものすごく処理が早かった。僕が、「うーんとこれがこう動くと次にあのスタックが近づいてきたとき……」とか考えていると、「それはこうでしょう。だってここにこのスタックいるし」とおっしゃる。「あ、そうかそのスタックを忘れてました」となる。状況を見てとるのが早く、結論も持っている。つまり莫大なケーススタディがあるということなのであろう。装備も違う。タイタン本体は状態の良いものから軍旗の模様の見分けられないものまで何セットか持ってきておられたが、「タイタンは消耗品ですから」だそうである。

「1年1セット使い潰しますかね。がはは」

そして振り壺*2が素晴らしい。「こ、これは完璧な振り壺! ガラス製で側面に模様がなく、脇から出目が透かし見える。口がすぼまっていてサイコロが跳び出しにくい。底が厚く、低重心で安定している!」「これ? 箱に型番があったはずだけど……東洋ガラスの商品番号CB-02135。消耗品だからまとめ買いしてます。ちょっと厚みが足りないんですな、20面体とか振ってた頃はよく割れましたわ、がはは」僕は帰浜後さっそく注文した。サイコロはアバロンヒルの古いのを50個とかザラっと並べて、「潰れそうだって聞いたときに、在庫全部売ってくれって注文したもんです。うちにはサイコロを擂り潰しちゃう奴がいるから、がはは」と見ると"お犬様"氏が揉み手の要領でサイコロを手に挟んで転がしている。「ま、磨耗するほどあれをやってるんですか」「うん、ほらこんな具合に」アバロンヒルの四角張った旧サイの角が削れて、新サイと同形になっていた。
 僕はガハハノリがけっこう好きなので、予選の2戦は水戸の人々に対して「ほ、本当なんですかあ」という畏敬モードと、「だもんでジオングなんて作ってしまうわけですわ、がはは」という与太話ガハハモードとの2つを併用してよろしくやっていた。そこで気になったのは同卓の他のプレイヤーの方々が、それぞれ言葉少なく窮屈そうにしていることだった。
 決勝が引分けに終わり夜が明け、水戸コンの人々が復路6時間の帰途について一挙に静かになった3日目昼。僕とHanimalさんと、蒼き臥竜氏およびその連れの方々*3との計7人で、2卓立ててオープン戦をやった。そこで明らかになったのは、われわれ浜松bynのプレイスタイルが、

実はかなり水戸的だった

ということだ。初手、6を振ってウォーロックとトロルを取った僕。「ほう」アイコンタクトする同卓の3人。
「あ、こういうことしません? 一投目6はライオンとトロルですか?」
「そうですね、ウォーロックは取りません。後半のクリーチャーに比べれば弱いし、タイタンの位置がばれますから」
「なるほど。僕も『水戸の人達はすげーや』とか言ってましたけれど、実は浜松もかなり北のほうにあったようですね」
 以後僕はレンジャー方面に進んだが、かなり早くサーペントを取る人が出て、進化的にはかなり取り残された。そこで1人殺すため、グリフォン2体とか言っている人の方へ移動していった。こちらの主力2スタックが
Ttn(6),Wol,Ran*3,Lio*2
Ang,Ran*3,Tro*3
殴る相手として狙っていたのが序盤で微妙に足踏みしていた
Lor,Min,Ran,Lio*2,Ogr*2
なのだが、これが山の下のプレインから動かなかった。のでLorはエンジェルだろう。その人の別のスタックで、ベヒモスを取ったあと分割して5体になったスタックがあり、たぶんそれがタイタン。できればそっちの方まで近づいていきたかったが、出目が2だったので、僕のタイタンスタックは塔脇からプレインに突っ込んだ。

「ええ!?」

「?」
「本当に攻めて来るんですか」
「はい。だってほら……うん、こういうスタックですよね、お互い。逃げるかと思ったけれど」
「でもそっちのタイタン、(6)ですし、戦力差ほとんどありませんよ」
「そうですか? Ttn(7),Ang,Ran*2になると思いますが」
「中央値がそうでも、ゆらいでうまくいかない確率が3割あるから……」
「ふうむ? まあ、やってみましょう」
 結果はご期待どおり、Ttn(7),Ang。ちくしょー、1ターン裏、期待値4つ少なかったぞう。あのミノタウロス死んでるって。でもレンジャーの配置ちょっとミスってる僕。
 以後当然ボロボロ、逃げ回って捕まって死亡。で、なんだかんだあったけれどサーペント2体目を出された時点で他の2人が投了して終了。
 別卓のHanimalさんに泣き言を言うと、
「編成は? あ、そう。踏むでしょ。そんなのエンジェル呼んで楽勝でしょ。レンジャー残らなかったあ? 弱いよ伊藤君。あんた俺を踏む時だけ出目がいいのなんでよ」
と冷たいお言葉による太鼓判が。浜松集団内での攻防感覚は一致していると言えよう。ここで、つまり、

戦術の違うプレイヤーどうしはかみ合わない

のである。帰りの車中での慰め合い大会でも、Hanimalさんにいわく
「プレイヤーAとBと俺がいるとするじゃない。Aの手番で、2つ選択肢があるとする。5/6でBに踏まれる場所と、1/6で俺に踏まれる場所。俺は踏む気120%でサイコロに気合を入れてるわけよ。ところがBのほうに行く。で、Bが踏まないんだ。だから全然殴れないんだよね」
 序盤中盤から殴る気のあるプレイヤーが多くてこそ、選択肢は塞がれ、逃亡者はより小さなリスクを選んで捕まる。互いに道を空けスタックを育てていく育成的プレイヤー達の中では、ボクサーのパンチは暖簾を打つだけで、やがてスタミナを失い倒れ伏す。
 これの逆が、予選での西のプレイヤーだったのかもしれない。卓に攻撃的なプレイヤーが多く、ウォーロック獲得後リスクを冒してどかーんばかーんと小決戦、勝ち残った者はエンジェル取ってタイタンが(8)とか(9)とかになるとすれば、その戦力上昇速度は育成派のそれを上回る。いったんそうなれば、育成的プレイヤーにとっての盤面は狭くなっていき、彼の小スタックは育たない。一方攻撃的プレイヤーは確保した広い盤面に小スタックを自由に走り回らせ、オウガをユニコーンに、ガーゴイルをベヒモスにする。やがて堪えきれず動いた育成派が捕まって終了。言い換えると、

無意識の同盟関係がある

と考えることもできる。つまり攻撃的プレイヤーと育成的プレイヤーの混在するタイタンでは、それぞれが結果として協力しているような現象がみられ、卓内での多数派は有利となるのではなかろうか。予選で窮屈そうにしていた同卓のプレイヤーは、ガハハノリ3人に囲まれて煩いなあと思っていたの(み)ではなくて、攻撃的多数派に囲まれて移動の窮屈な育成的プレイヤーだったのではないか*c
 という「人数少なかったから負けたんじゃい、コルベットが10隻もあればイチコロなんじゃい」負け惜しみ理論なのだが、二理は知らずとて一理はあるまいか。
 この理屈からいくとn人タイタン(n>2)においてまず第1に、地理的に隔離されたプレイヤー集団では異なる戦略が安定しうる*4。第2に、集団の戦略と大きく異なる戦略はその集団に侵入しにくい。第3に、異なる戦略をとるプレイヤーが出会った対戦はあまり幸福な展開を生まない、わたしたち出会ってはいけなかったのよ互いに傷つけあうばかりで。第4に、多数派の戦略に加わるか他人を自分の戦略に引き入れるかするとよさそう。などが言えるだろう。
 てことは、大会で強弱優劣という結果を出すなら2人タイタンをしたほうがいいのかも。タイタンって、けっこうガチンコバトルでそういった交渉とか協力とかの要素は薄いゲームだと思っていたのだけれど、100km単位の遠さの人々とプレイしてみるとあるんですわ実際かように。驚きの新体験でござった。
 avalonconとかではどんなふうになってるのだろう。いやタイタンに限らず、モノポリーの世界大会などもどんな様子だろうか。世界大会に集まる面子という集団ができているのか、それとも毎回毎回さまざまな文化集団からサンプルが集まってあっちでどかーんこっちでずがーん、阿鼻叫喚の「そんな取引するのかよォ、信じられん」地獄なのだろうか。
 まあそんなところでこのお話は終わりだ。他人の行動を理屈で語るのは行儀の良いことではなく、きっぱり無礼なことだ。したがって気は使ったが文章内の挑発的要素は覆いきれていないしなくなるものではない。なのでお読みになった方は不要な感情の高まりから無駄な討論勝負に巻き込まれぬよう留意されたい。しかし感情的反発から議論がはじまり有益に終わることもまた多々あるんだよな。

何言ってんだ僕は。

*1
 戒律……ご飯はできるだけ残してはいけない。ただし漬物は、特に毒々しい色のものは、残してもよい。
 食べたくないもの……冷たい鮭の切身、砂糖の塊を卵で固めたもの(を卵焼きと呼ぶ人がいる。おかしい)。

*2
 振り壺はボードゲーマーの魂の駆動体である。例えばSOLGERを見よ。
 サイコロの振り方にも主義流派があり、内部からの破壊を極意とする「手で蓋」主義者は勢い激しく掌を叩きつけるため、壺には耐久性が求められる。手で蓋主義者の中でも、サイコロを振り込んだのちさらに壺を振る「複合」派は、特に口の小さな壺を好み、湯呑み茶碗を選ぶ者も多い。蓋なしの「投げ入れ」主義者は口の広い壺と小さなサイコロを用いる。
 これら諸流は時として対立し、とりわけ激しくしばしば表面化するのが、手で蓋主義複合派に対する他派の攻撃である。その他の流派がサイコロ振りを2動作で終了させるのに対して、複合派のそれは「サイコロを壺に振り込むと同時に掌をその蓋とする。次に壺を掴み揺らした後、蓋を開けて出目を確認する」という3動作からなる。そこで、第1の動作の時点で決定していた出目を第2の「揺らす」という動作で改変する行為が疑問視されるのである。
 この問題は当該振り壺がガラス製あるいは大口で第1動作完了時に出目を観測し得る場合に深刻であるが、それを置くとしても、認識論的・量子論的議論が止まない。複合派に対する攻撃は行き過ぎとして批判され、それをきっかけとして現在では4面体・8面体および30面体以上のサイコロの対人投擲は禁止されている。

*3
 自己紹介がなかったのは残念だった。webにはメンバー表があるが、ハンドル名なのがまたちょっと困る。

*co
 2001年10月上旬から11月初頭まで、シミュレーションゲーム共用掲示板の「Public House ゲーム全般会議室」で蒼き臥竜氏、AMI氏らと議論。PHOLDの500番あたりから553番までと、掲示板移行後の6番から50番くらいまで。そこでの僕の論旨の抜粋。
 攻撃型と育成型との違いは、戦闘の見積りにあります。攻め込む側に楽観的なのが前者です。
 攻撃派3人育成派1人のタイタンにおいて、一人ぼっちの育成派から見れば、
「なんなんだ、あの殴り合い地獄は、正気か? あいつらの戦闘、無理攻めばっかだ。戦闘重視でとんと5-2分けしないし、ちょっと部隊が近づいてきただけで怖がって逃げるし、あんなこっちゃ全然育たねえよ。あ、でも地獄から生きて這い上がってきたやつ、得点取って強くなってるじゃん。最初に俺が殺される確率が1/4、残りの3/4で別の奴が殺されるんだがその時点で俺の勝率1/3未満。それじゃ俺不利じゃん」
「つまり攻撃型プレイヤー達は、身内で得点をやったり貰ったりしてるわけじゃないか。危険なバクチを打って、運良く生き残れば得点で俺より強くなる。もし自分が死んでも誰かが俺に勝てればいい。なんかズルくねえ?」
 攻撃派1人育成派3人のタイタンにおいて、同様に一人ぼっちの攻撃派から見れば、
「なんなんだ、あの仲良し天国は、正気か? あいつら、攻めの見積り悲観すぎ。あんな危険な位置で無茶な5-2分けしてるのに踏みやしねえし。あんなブロックになってないようなブロック、攻めちゃえばいいのに攻めないし。あ、でもそのせいで進化速い。ウォーロック・レンジャー・ゴーゴン・エンジェルで固めた序盤志向の俺の部隊が、素早い中盤・終盤への移行によって追い抜かれるじゃん」
「つまり育成型プレイヤー達は、危険な5-2分けを互いに見逃しあうことで進化スピードを速め、俺の序盤向き編成を取り残していくわけか。自分も取り残されるかもしれんが誰かは俺に勝つ。なんかズルくねえ?」
 神、
「人の子らよ、迷える羊たちよ、ズルくねえ。そういうもんだ」

*4
 さて、ここで思い起こされるのが冒頭で引用した蒼き臥竜氏の初期配置についての議論だ。4人プレイ時の1対3配置など、偏った初期配置からプレイした場合、オープンスペースを得たプレイヤーの勝率がきわめて高いという。しかし浜松では、初期配置はルール原文のままに決める。周囲のすいているプレイヤーは喜ぶが、「ほぼ」という確信を持つほどではない。
 初期配置に対する評価の差。これもまた、集団の戦略から生じる文化の差なのではないだろうか。
 育成的プレイヤーからなる集団では、オープンスペースからゲームをはじめたプレイヤーの育成速度に他のプレイヤーが先行逃げ切られて追いつけない。塔テレポートによるタイタンバレを避ける文化もまたそれを助長する。
 一方攻撃的プレイヤーからなる集団では、他プレイヤーを殴り殺すことによる戦力上昇が激しいので、オープンスペースによる育成面での有利さが相対的に減少する。そのため水戸や浜松のプレイヤーは初期配置をそれほど重視しないのだ。
 という理屈で、初期配置に対する評価の差が生じるのではないだろうか。
 配置と勝率の相関。データをとって定量的に分析すると面白そうな問題ではある。


書いた人: 伊藤悠 (ITO Yu)
email: FZR02073---a---t---nifty.ne.jp
20010925 作成開始。
20011003 振り壺について追記、オープン戦の面子について修正
20011022 蒼き臥竜氏による講評へリンク、伊藤悠の日記へリンク
20011105 脚注*coを追加。